環境との出会いから独立へ
私は大手電気メーカーの情報システム部門に勤務していました。2005年10月より約2年間、製品に含まれる化学物質管理や工場から排出される環境負荷のデータ管理などのシステムを担当することになり、それ以来環境(エコ)に興味を持つようになりました。当時、北極海の氷の解けるスピードが速まったり、ヒマラヤの氷河湖が崩れたり、地球の各地で気候変動の影響が見られるようになりました。日本でもゲリラ豪雨が頻発していました。こうしたことから、私は地球温暖化による影響が既に出始めていることに危機感を覚えるようになりました。このままでは地球は人類が住めない惑星になってしまう。私たち一人ひとりが何か出来ることをしなければならないと。当時、大企業における環境問題への取り組みはそれなりに進んでいましたが、中小企業ではまだまだという状態でした。地球を救うために貢献したい。既に中小企業診断士の資格を取得していた私は、「中小企業の皆様の環境経営(環境に配慮した経営)の実践を支援したい。」との思いが強くなり、環境経営コンサルタントとして独立することを決意し、2007年8月末に大手電気メーカーを退職しました。
苦境からの脱出
独立した当初は仕事がなく、苦しい状況が続きました。貯金通帳の残高がみるみるうちに減っていきました。これでは生活できない。一旦中小企業に再就職し力を蓄えてから再起を図ろうと、半年ほど就職活動をしましたが、内定が得られず窮地に陥りました。そんなある日、中小企業診断士でかつ私が参加していた異業種交流会の主催者の方から、「経済産業省の事業で環境に配慮した製品開発を支援するLCAを中小企業に普及するための指導員を募集しているので手伝ってもらえないか。」というお話しをいただきました。これは正しく私のやりたい仕事でした。この仕事を引き受け、研修受講後、中小企業4社にLCA導入の指導をさせていただきました。この実績を携えて、商工会・商工会議所などの支援機関へアプローチする中で、交流のあった中小企業診断士の方の紹介もあり、商工会で定期的に経営相談を担当することになり、4年間で400件を超える経営相談に対応させていただきました。一方で、地球温暖化に関する世間の関心が高まるにつれて、環境に関するセミナー講師、製品のライフサイクルでのCO2排出量を商品に表示するカーボンフットプリントの事前審査、エネルギーコストを含めたロスコストを見える化し削減するマテリアルフローコスト会計の導入支援など、環境経営支援の仕事も増えてきました。
東日本大震災
2011年3月11日、東京で開催されたカーボンフットプリントの事前審査員の会議に出席していた私は、東日本大震災に遭遇しました。かろうじて動いた1本の東海道新幹線に飛び乗り、深夜遅く何とか大阪まで帰ってきました。この時、福島第一原発の事故が発生し、原発の安全神話は崩れ、その後エネルギー問題がクローズアップされたのはご承知の通りです。今その陰に隠れて地球温暖化問題は忘れ去られたかのようになっていますが、地球温暖化の危機は着々と進行しています。むしろその進行は早まっています。エネルギー問題も地球温暖化問題も広い意味で環境問題です。原発に頼らないエネルギー需給環境を構築し、地球温暖化を初めとする様々な地球環境問題への貢献意欲は益々大きくなりました。
感謝と決意
2013年4月より定期的な経営相談の仕事が無くなり、私自身の財政状況は再び苦しくなりましたが、これまでのご縁のお蔭で少しずつ仕事の量も回復してきました。中小企業の皆様、支援機関の皆様、同業者の皆様に私は生かされていると改めて感じ、感謝しています。「問題の本質を見極め、環境経営の支援を通じて中小企業の皆様の力になりたい。そして緑の地球を後世に残したい。」その思いは益々強くなりました。これからも支援スキルを磨き続け、皆様のお役に立つべく頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。
2013年6月20日